10代、シックオブレコーダー。

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たまにはあの頃の自分を感傷に浸って振り返ってみる。特別意識したわけでは無かった。ただ偶然そこに連鎖する出逢いと素晴らしい音楽があった。僕は一人でライブハウスに通っては音楽を発掘する様な自発能動的男子では無かったので、よく色々な人に引っぱって音のなる場所へ連れて行ってもらって打ち上げにも参加してました。センスの良い人たちに恵まれたのは本当にラッキーだったし感謝が絶えないのです。先輩ありきな世の中だよなぁと今でこそ思えるもんです。

で、何をもって『振り返り』とするのかというと、本当に夢中になれた瞬間を忘れられない国内バンドです。今では盟友たるcryv,nanocycle,caucusという生涯付き合って行くであろうバンドがすぐ側にいるわけですが、彼等と出逢う以前に遡ること10代へ。

あの頃は高校中退してボロキレ同然の状態で、とにかくこう何て言うのか劇的に人生が変わる様な仕掛けを探し続けていたというか。優れた人たちとの出逢いがこそ一番のそれにだったと後々気付くわけなんけど、とにかく必死だったから何がどうして今のネットワークを形成したのか覚えていないもんなのです。

18歳の頃、地元の北沢にある北沢小学校の脇の斜めな抜け道にある古着屋『獏古』が僕等のたまり場でした。Getting BetterやFree ThrowでDJしてる神くん(しょっちゅう店長にアホって言われてた。笑)がバイトしたりもしてました。そこで出逢った仲間のナミちゃんて子が下北沢ShelterやK.O.G.A.Recordsに精通してて、一時期はよくShelterで遊んでました。ビークルやキャプテンヘッジホッグとカレー食ったりしてた気がする。

そういえばその抜け道には結構マニアックな店が並んでて、今はマンションが立っちゃったりしてあれなんだけど、『mani』っていう素晴らしいイタリアンの店があって。そこのオーナー梅さんは超カリスマで顧客が世界中に居る様な人なんだけど、嫌みが全く無くて。獏古で買い物して歩いてると『おう、寄ってけよ』て誘ってくるんですね、んで『オレ金無いっすよー』って言うと『良いから寄ってけ』って引きずり込まれて美味いパスタを毎度ごちそうしてくれるました。んで自然とそこもたまり場になって行きました。(因みにmaniは3ヶ月ごとに移動するようなスナフキンレストランなんです。今もどこかで伝説を?)

この獏古とmaniで出逢った人たちと一年間くらいフリーペーパーを作ったりもしたっけ。凄い懐かしい。手作り感溢れる手書きの記事が多めなわけのわかんない作品でした。元ブルスタDJの306やつっちぃーも一緒にやってたよね。この当時に付き合ってた仲間とは不思議な縁を感じてならないし、強く長い絆を感じる。

ともあれ音楽サイトなので音楽のお話にまたシフトするわけですが。この獏古にはCDやカセットも何枚か置いてあって、たま〜にバンド御本人様御一行やレーベル関係者がフラッとやって来るんですね、んである時ハシムラさんっていうガリガリでテンションが異常な頭おかしい人が入ってきて『おう、あのな、うちのな、シックオブレコーダーはちょっと凄いぞ、あ、オレ?俺はカモノハシムラでお馴染みハシムラって言います』って一気に謎な自己紹介して去って行って(今思うと台詞から連想するに一応MIDI Creativeの人だったのかな。笑)よく分かんないけど勢いにおされてデビューEPを500円で購入してみたのが始まり。

家帰って聞いてみると、これがどえらい格好良い!日本のRadioheadか?って思ったってのが素直な感想。これはライブ観てみたいなーと思ってた矢先に何で電話番号知ってるのか分かんないけどハシムラさんから電話があった『アメリカのメチャメチャクールなバンドとタイバンするから遊び来いよ、お前』だって。丁度その日は下北でバイト先の仲間達と遊んでて、お金もあんまりなかったので『ハシムラさん、友達いっぱい連れてくから1000円ドリンク込みにして下さいよ〜』って頼みました。すると『エエよ分かった。でもお前、いっぱいって2、3人だったら許さんぞ、約束守れよ』と何故かキレてるという。でも15人連れてったらすんごい喜んで『お前は本物のフットワークを持ってるんだな!大物になれるわ!』とメチャメチャに褒めるのでした。

そして肝心のシックオブレコーダー初LIVEは終始鳥肌立ちっぱなしの素晴らしいものでした。Payさんの声がこれまた線が細くてそれでいて声そのものに浮遊間があるっていうか、宇宙遊泳の音律なんですよ。素晴らしいです。センスのあるKickさんのベースラインとウチの松本ルーザーそっくりのルックスの(でも格好良いんだよ。笑)ドラムWataruさんはmooolsウチノさんに影響を受けた良い意味で土っぽさのあるドラミング。とにかく10代の僕にとってこんなに格好良いセンスの良いバンドを見たのは初めてでエラい鮮烈な印象でした。

上記したフリーペーパーのインディーバンドインタビューコーナーの最初のゲストでも参加して頂いたのも最高の思い出で。確かあれはLoftだったかな?Shelterでのライブ以来すっかりファンになってしまって足しげくライブには通ったんですね、んでね、実はこの時のライブはあのModest Mouseの初来日のツアーのサポートだったんですよ!そのファイナルの日でしたね。今思うと結構すっげーです。モデストマウスも『シックオブレコーダーの超ファンで日本ツアーは一緒にやりたかったんだよー!』って言ってました。

そんな彼等のサウンドは「まあ、思ってる通り、Radiohead好きな者同士で、よしやってみよう。と、始めたバンドです。」と自負する通り、初期のレディオヘッドを彷彿とするもので、(個人的にもレディオヘッドは1st,2nd至上主義です。みんな僕等世代はOk Computerが大好きだけどね〜)ノイジーで少しレイジーで煌めいてて、1曲のなかで目まぐるしく景色が転換するのに独特のポップネスが基盤にあって、それでいて日本特有の文学的な歌詞がまた素晴らしく、とにかく気持ちよさ満点なのでした。

アーティストとしてのセンスと才能に溢れた最高の和製バンドFROM名古屋でしたが、どうやら2003年に解散してしまったみたいです。いつの間にやら自分も色々と動く場所が変わって行って疎遠になり、解散も知らないままでした。その上、ラストアルバムの人間困宙記はまだ聞いてないので、これを機会に探しに行きます。マイスペースも無いし、iTunesも無い、失われた遺産の発掘みたいで楽しい。めったに国内のバンドの音源は買わないんですが、彼等の音には無条件降伏でお金が出せます。いやぁ、珍しく褒めすぎだけど、そのくらい格好いいんだから。

解散後はVoのPayさんは確か単身海外へ行ってアートな事をやってたり、DrのワタルさんはYo-Ma(これもまた人気あるみたいですねぇ!)というバンドをやってたり、まぁきっとやりたい事をやってるんだと思います。彼等は今、最も復活して欲しいバンドだし、自分もイベントオーガナイザーなどをそこそこには出来るようになり始めたので絶対ブッキングして皆に見せてあげたいんすけどね。

ともあれ、僕ももうちょっと国内のバンドをもう一度しっかり学びたいなと思った次第であります。よかったら皆さんのおすすめ、教えて下さいね。

あー、獏古やmaniのくだりをもう少し丁寧に書きたかったなぁ。
また今度、何かの機会で深く熱く語りたいと思います。
でも、これ書いてて思ったんだけど、東北沢から全てが始まったんだ。
故郷はいい。東京だけど、全然空気だって良い。

chicchi

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コメント(3)

懐かしいな!自分たちが何を持ってるのかワカラナイまま、何かを探してる感じが、すごく似てて、必要だから出会った感が当時から今も変わらずあるなー。とにかく楽しかったね。

夢はでっかい方がいいだろって言ってた事を実現していって、ちっちを作った色々を人に伝える場を持てるのは、とても嬉しいし、素敵だね♪これからも夢はでっかく、楽しい時間をね。

なんだか知らないちっちがいるのねって思って、
それにしても素敵な文章を書くとことか変ってないね☆

逢えても、逢えなくても、私がだれだかわからなくても私は君のファンです☆星とブルースターを観るとたまに君を思い出したりする。

立ち位置は違っても同じ時代に生きてるんだね♪

love☆

お返事遅くなりました。

さおるさん>
理想ってのは無料ですからね(笑)
思い描いとことのほとんどが簡単に叶わないかもしれない。
でも、だからこそ無茶なイメージをしない方が損だ、と。
まぁ、若くいきましょう。いけるだけ。

N.Aさん>
場所とか時間とか時代とかあまり関係ないのです。
言葉はいつだって心を軽くしてくれるのは確かなようです。
全てを受け入れる事、大人びてしまう事。
違う様でイコールだったりね。はっはっは。

Thanx!
chicchi

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